この街で生きる
産まれたのは地方の片田舎。山と川に囲まれ、コンビニもスーパーも車が無いと行けないような自然豊かなところで育った。
噂、噂。この街は噂話が好きだ。〇〇さん家の息子さんがどこの大学へ行っただとか、〇〇さん家の旦那さんは仕事を辞めて家でぷらぷらしているだとか、そういう話を周りで耳にすることが多かった。
勿論、自分が噂話のネタになることもある。子どもながらに周りの目を気にして少し窮屈な思いをしながら過ごしていた。
この環境は好きだけれど嫌いで、ずっとこの街を出て違う所に住む事を夢見ていた。
その夢が叶ったのは大学生になる時。県外の大学に進学を決めて、引っ越すことにした。念願の一人暮らしができることは嬉しかったし、何よりもこの街から離れられることが嬉しかった。自由への憧れが強かったため、初めての一人暮らし、初めて移り住む街に対して抵抗も不安もなく、ただただ嬉しかった。都会過ぎなければ特に住むところにこだわりは無かったので、なんの躊躇いもなく大学近くに引っ越すことを決めた。
初めてその街を訪れたのは大学進学が決まり、入学前のオリエンテーションへ行く時だった。母と一緒に、人混みにまみれながら初めて見る電車に乗り、ガタガタ揺られながら向かった。ビルが立ち並ぶ景色が少しずつ色を変えていく。ワクワクしながら電車の車窓を眺めたのを今でもはっきりと思い出せる。
だんだんと目的地に近づいているであろう景色を見ながら、私がこれから過ごす街はどんな街なのだろうと期待に胸をふくらませながら、建物ばかりは嫌だし、公園があってほしい、ジムも近くにあればいいなだとかあれこれあれこれ考えていた。その間にも電車は南へ南へと進んでいく。だんだん緑が深くなっていく。駅と駅を超えていき、たどり着いた終点の駅が私のこれから住む街だった。
初めて降り立つ街。私がこれから住む街。
大学近くの適当な学生マンションに引っ越し、生活を送り始めてすぐ私はその街が大好きになった。
そこには噂話も人の目も無かったし、かといって放任されすぎることもなかった。大学という社会的な居場所があり、そこに行けば友人や知り合いに会えた。学生の一人暮らしで、学生寮に住んでいたこともあって、大家さんが近くに住んでおり、時々顔を合わすと長い話に付き合わされた。何回も同じ話を聞かされたけれど、それはそれで良かった。
スーパーも近くにあれば、人の少ない落ち着いた広い公園も近くにある。ちょっと足を延ばして駅前に向かえば本屋、外国のちょっとおしゃれなお菓子屋やカフェ、ドラッグストアがあった。さらにさらにもう少し足を延ばせば、大型のショッピングモールもあってそれはそれは申し分なかった。
強いてこの街に求めるとすればTSUTAYA等のレンタル関係のお店が無いことと、カラオケ店が無いことぐらいだった。
この環境が心地良くて初めて自由を感じながら過ごした。amazarashiの『この街で生きてる』という歌があって、当時それを聴きながら家路によくついていた。悩みや孤独は大きかったけれど、生きている実感が湧いた。
やがて4年は過ぎ去り、就職が決まり、大学を卒業と同時にこの街から引っ越さねばならなくなった。
次にここを訪れるのはいつになるのだろう。行きたいと思えばいつでも行けるのだがこの街が帰る街ではなくなることにとてつもない寂しさを感じた。
そして私は今はまた別の街に住んでいる。そこは前よりちょっと都会の商店街が近くて、人情味溢れる下町だ。そこはそこで良さがあって良い。
けれどもけれども。
今でもあの街で過ごした日々を思うとちょっと感傷的なホームシックのような感覚に襲われる。
いつかまた帰る街に。
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